子規堂の生い立ち

子規堂は、もと松山市湊町4丁目1番地にあった正岡家の旧居の一部を移して建てたものから始まります。
その後、1933年(昭和8年)に焼失し1935年(昭和10年)に再建しました。
しかしながら、戦災により二代目の子規堂も又焼失しました。

現在の子規堂は1946年(昭和21年)に子規の妹律子の遺した記録図と友人柳原極堂氏の記憶に基づき、当時の居宅の構造をそのまま再現したもので旧宅のたたずまいを真によく回想し、かつ考証するに足るものとなったのです。

1948年(昭和23年)10月28日、埋髪塔と同じく愛媛県の「記念物・史跡」に指定されました。

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